鶴荘の想い

鶴荘の想い

美味しい蟹を食べて頂きたい

みかん農家に生まれ22歳で結婚するまではみかんを作っていました。
もう40余年前ですが我がみかん農家に全国から視察に訪れる方も多く、
その皆様に美味しい竹崎の蟹でも振舞おうと、かに料理屋を始めたのが
鶴荘の原点です。

そしてもう一つ始めた理由は重労働の農家の仕事による両親の体力的な負担を
減らすため、また嫁さん(現女将)に楽をさせてたいという家族への想いでした。
小さなかに料理屋から40年、現在の旅館鶴荘まで大きくしてきましたですが
今でも創業当初の思いのとおり、美味しい蟹を食べて頂きたい、
そして家族を守りたいこの想いは変わりません。

わたしは死ぬまで長生きして蟹を茹で続けます。
40年茹で続けた味をご賞味下さい

社長 赤木 不二夫

やさしい気持ちで、おもてなしの心をもって

みかん農家に嫁いだのが45年前、
このみかん農家に当時最先端のスプリンクラーを取り付けたのが宿を始めるきっかけです。
全国のみかん農家の方々がスプリンクラーの視察に訪れ、毎日のようにバスがやってきました。
この皆様に蟹を食べて頂きたいと言う想いから先代女将が始めたのが“鶴荘”です。

創業当初はお客さはたくさんお出でいただきましたが、おもてなす事が出来ず、
苦悩の日々でしたが、女将を受け継ぎ40年、この40年の経験から“やさしい気持ちで
おもてなしさせて頂く事”が、お客様にとって最も心地よいのではと気づきました。

まだまだ老舗旅館が紡いできた年月にはほど遠いですが、先代女将の蟹への想いに加え、
やさしい気持ちでおもてなしの心をもって、お客様の無事のお越しを日々お祈り申しております。

女将 赤木 朝子

「和醸良宿・良い宿は和を醸す」

「和醸良宿・良い宿は和を醸す」 日本酒好きの私がいろんな蔵元で目にする言葉「和醸良酒」に感銘し 自社に取り入れました。僕が目指すべき宿の在り方を言葉にしております。

生まれた時から宿屋の息子として育ち、旅館と共に常に生活しこれが当たり前だと 子供ながらに感じていました。大人になり特殊な生活だと気付きました。 その特殊な生活とはお客様、従業員、旅館に関わる全ての人、とにかく沢山の「人」に 囲まれていろんな人が行き交う場で育ってきました。

お客様への挨拶や事前準備、掃除や料理の仕込みそしておもてなし すべて先には人があり、そして「和」ができる その「和」こそ宿屋の原点であり当館が大事にしてきた想い そのものだとおもっております

毎日沢山の人が行き交う場、そこに生まれるいろんな「和」 社長、女将の想いを大事に良い和を醸す宿屋を作っていきます!

若旦那 赤木 一成

0954-68-2758

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